私と文章について

随筆というものの存在を知ったのはそれから数年後、中学校で古文の授業が始まったときでした。枕草子です。ただ、その時は古文というものがおもしろくて気持ちよくて随筆がどういうものなのかについては深く感じるようなこともなく珍しい日本語で遊ぶのみでした。
義務教育が終わって、義務でない教育ももう終わりかと晴れ晴れした寂しさにつまされる中でやっと随筆の味がわかりました。ほんとうにわかったかどうか、今でもわかっているのかどうかはわかりませんが、そういう文章が好きなのだということはわかりました。
文学みたいなものについて論じたり語ったりするつもりはありません。随筆とは何か、そうでもない文章とは何かといったことに格段の興味があるわけでもありません。天と地と人があって、文章があります。とにかくあるのはあって、私は好きなのです。ぜんぶ好きかと聞かれたら嫌いなのも私には合わないのもあるので即答はできかねますが、何だってあるのは良いことだろうと思います。
文章が好きで、考え事をするとなると自分で文章を書きたくもなるでしょう。だから書くようになりました。誰に読んでほしいわけでなく、何を伝えるわけでもない文章を書き始めました。これが随筆かどうかの確証はありませんが漢字の意味合いからするとたぶんそうなのだろうと思います。とりあえずでも名前がつくと安心するのでそうしました。来し方の記憶は薄れゆき行く末の見通しも霞むところから出てくる文章をこうして残すようになりました。
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