戸板

 むかし、大海を鉄の船が渡るようになったころ、人の子が鉄を知らなかった時分を覚えているひとりの仙人がサンドイッチという食べ物を知りました。もうそのころには仙人というもの全体が真面目に取り合ってもらえない存在になっていることを自覚していたので、普段は世間に出ないように遠慮していたのですが、たまにはいいだろうと思って出て行った港町で出会いました。生来めずらしいものが好きで、それで仙人を続けているような方ですから初めて見る食物などは最も好むところのものであるのです。
 さてそのとき仙人が見て取って食べたサンドイッチがどのようなものであったか正せる者は最早おりません。なにぶん昔のことですので、きっと今の我々がよく知るサンドイッチとは幾分異なっていたことでしょう。ともあれ仙人はサンドイッチをいたく気に入って、膨れたお腹をさすって眠ったということです。
 サンドイッチを覚えた仙人は、自分でつくることにしました。パンが必要なので麦を育てました。窯を作り、粉に挽き、パンを焼きます。それからパンに挟むものを山海から頂戴して調えました。仙人はそれをすべてひとりで行いました。そして、世の中に人間の増えたことを思い知り、サンドイッチをつくるために麦を育てるのはまこと神仙の類の遊びであったと笑ったのでした。

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